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閉じ込められた感情を開放します
あなたの悩みを聞いて、アンデスの世界観からアドバイスします


7つのアンデス法

アンデスにおいて、人々が自然界と調和しながら生存するために、日常生活の中で適用されてきた7つの法があります。法といっても、外部から命じられた法律や規則というものではなく、伝統的に習慣として受け継がれてきた、より良く生きるための生活の知恵といえると思います。ですから、非常に実践的です。概念を理解するというよりも、自分たちの生活の中でどのように適用し、実践していけるかということを考えながら読んでいただければと思います。

カウサイ(Kawsay)

カウサイは、先ず自分が既に存在する、生きているということを認めることです。自分が存在するということを決意することです。決意をした時から、自分は存在し始めます。そして、自分が誰であるか、つまり自分が自分自身の世界の創造者であるということを認めることです。創造者である自分は既に完全な存在であり、「誰々のようになりたい」というように、自分を外部に探し求める必要はありません。また、自分が誰であるかということを認めることで、自分が行うこと全ての責任を負います。「神の名において」のように、別の存在の名において行動するのではなく、自分自身の名において、自分の責任で行動を起こすということです。自分の責任で行動した結果として生じる事は全て、自分自身で修正することができます。

また、自分が存在することで、周りの存在を認めることができます。周りの存在を認めるまでは、それらは自分にとって存在しません。それらの存在を認めるためには、言葉を発して、話しかける必要があります。人や動植物だけではなく、周りにある全てのものに話しかけ、挨拶をする必要があります。バイブレーションを持つもの全ては生き物であり、挨拶することで、自分にとって存在し始め、生き始めます。それらとコミュニケーションをとることで、関係が生まれます。全てが自分のために生き、自分が全てのために生きているということを実感することができます。

試してみてください。存在する決意をして下さい。自分が生きているということ、自分の存在を実感してください。自分の周囲の隣人、鳥、雲、花、家具に声をかけ、挨拶をして下さい。自分を含め、存在するもの全てが生き生きと輝き始めるはずです。何かが変わっていくはずです。

アンヤ(Anya)

アンヤは、「どこから」を選択することです。「どこから」というのはつまり、視点のことです。自分の視点を他人と共有しながら、人間として成長していくことができます。唯一の真実というものは存在せず、自分の視点から見た真実の他に、別の視点から見た真実も存在するということを知り、受け入れることで、お互いの視点を尊重し合うことができます。異なる視点からの意見を聞くことで、お互いに学び合うことができ、相乗効果を生み出すことができます。そして、様々な視点を統合することで、更に上のレベルの真実を見出すことが可能になります。

また、アンヤは自分の存在を表現するために、より自分に合った「どこから」を、自分で選ぶことができるということを教えてくれます。つまり、社会が作り上げたプログラムにただ従うのではなく、自分を表現するのに最もふさわしいプログラムを、自分で選ぶことができるということです。例えば、シャーマニズムによる癒しを望むのであれば、科学的な視点からではうまくいきませんが、神秘的な視点を選んで実行すれば、成果を得ることができます。

最近、意見の違いで口論になったり、自分と異なる考えの人を避けようとしたりした経験はありませんか?思い返して、もしアンヤを適用していたら、どのような対応ができたかを考えてみてください。自分が自分らしく生きるために、自分自身の視点を選んでいますか?社会の指向や他人の意見で決めていませんか?意識してみてください。

ムナイ(Munay)

ムナイは、「完璧な愛の力」のことで、「愛」「欲求」「力」の三つからなります。それぞれについて、下記説明します。

「愛」
ここで言う愛というのは、いわゆる男女間の恋愛感情のことではなく、「輝きを与えて拡大させるもの」です。そして、愛の対象となるのは、既に私たちが知っているものだけです。未知のものに対して愛を注ぐことは出来ません。そして、知っているものだけに向けることのできる愛は男性的なエネルギーでもあります(二元性を参照)。

「欲求」
欲求の対象となるのは、愛とは逆に、私たちのまだ知らない未知のものだけです。そして、未知のものを新たに生み出すために必要なものです。そして、未知のものだけに向けることのできる欲求は女性的なエネルギーであり(二元性を参照)、性のエネルギーでもあります。性のエネルギーは、新しいものを創造するために必要なエネルギーです。

「愛」と「欲求」は常に一緒でないと、あらゆる関係が崩れ、問題が生じます。例えば、「妻を愛しているけれど、他の女性を求めてしまう」「家族を愛しているけれど、気楽な独りでいたい」「今の仕事を愛しているけれど、別の仕事も探している」などです。

ムナイは、「愛するものを欲し、欲するものを愛する」ということを教えてくれます。

「力」
力というのは、自分が有している絶対的な力のことです。自分自身が「愛」と「欲求」に対して力を発揮することができ、自分が望むときにいつでもそれを変更できるという信用のことです。つまり、自分が何を愛するか、何を欲求するかということを、自分自身で決定することができるということです。

ムナイは、愛や欲求に自分が支配されるのではなく、自分がそれらをコントロールする力を持つということを教えてくれます。

そしてムナイは、自分を含め、存在するもの全てを愛するということを教えてくれます。自分が好むものだけではなく、好まないものでも、存在する全てものが自分自身の進化のために必要なものであると見なし、全てをありのまま愛すことができます。また、自分自身を含む全ての存在を愛することで、全ての存在と愛を共有します。愛に飢えるということはなく、ある特定の対象に愛を与えてくれるよう求める必要もなくなります。

ムナイにおいては、対象を自分より優っている(または劣っている)ものとして捉えることはありません。対象を自分よりも上の存在として崇拝することや、自分にとって必要なものとして依存することはありません。対象を愛していても、自分が幸せになるためには必要とせず、執着することはありません。

これからは、自分が愛すと決心をしているものだけを欲し、自分の欲するものは必ず愛するという決意をして下さい。また、自分が好きでないものも全てが、自分が進化するために役に立っているということに気づいてください。例えば、好きではない同僚がいたとします。その人嫌なところ、気になる行動は、実は自分の中で未解決な問題があるということに気づくためなのです。それに気づいたら、感謝することができます。感謝することができれば、愛することができるはずです。

ヤンカイ(Yankay/Llamkay)

ヤンカイはシンクロニシティー(共時性、意味のある偶然の一致)と関係します。シンクロニシティーを経験したことはあっても、自分で意識してそれを起こしているという人はあまりいないと思います。ヤンカイはシンクロニシティーを意識的に生み出すことを可能にします。偶然が起こる原因を自ら創り出します。自分の求めるものを手に入れるための魔法を起こす、巧みなプロセスと言えます。

ヤンカイは「働く」という意味で使われる言葉ですが、ある目的のために自ら行動するということです。目的を既に果たしている気分で、気持ちを盛り上げながらその波に乗って行動することで、シンクロニシティが起こります。

シンクロニシティーを起こすためには、まず自分が目指している「目的」の他に、「自分が何者か」、「どこから出発するか」をはっきりとさせる必要があります。自分が何者か、起点がどこかが分からなければ、目的地にたどり着くことは出来ません。

そして、目的に導くシンクロニシティーを生み出すためには、シンボルを使います。目的というのはまだ実体化していない、目に見ることのできないアイデアに過ぎません。シンボルを使った儀式を行うことで、プロセスを目に見える実体化した形で表すことができます。儀式を行うことで、無意識の中に働きかけ、ロジックでは理解できないものを理解させることができます。また、自分の意志を具体的な形で表現することができます。アンデスの人々は、自分の目的へと導く道を築いてくれるように、母なる大地にお願いをしながら、捧げものをする儀式を行います。捧げものをすることで、自分の意志を形で示すことができます。

また、ここでは「どのように」ということは考える必要はありません。どうやってその目的にたどり着くかということは、宇宙の神秘に任せておけば良いということです。「誰が」「どこから」「どこへ」たどり着きたいかがはっきりしていれば、どのような道のりをたどるかは不明でも、目的にたどり着くためのシンクロニシティーが起こります。シンクロニシティーを起こさせる際には、経済力、権力、信念、ロジックなどに縛られることなく、神秘の力に任せるということです。運に任せるという言い方もできると思いますが、その運はただ何もせずに待っているのではなく、儀式を行うことで、自分で意識的に生み出すということです。

アンデスの人たちが行うような、母なる大地に捧げものをする儀式を行うには、ミサが必要で、司祭などに指導を受ける必要がありますが、下記のような手順で、自分だけでも簡単な儀式を行うことができます。
@ 母なる大地に捧げるものを何か(お菓子や花など)用意してください。
A 庭や公園など、捧げものを埋められる場所に行き、次のように述べてください。
「私(自分の名前)は(自分のいる場所)から、(目的)を目指しています。目的を達成するための道を築いてください。」
B その後、捧げものを土の中に埋めて、感謝の気持ちを示してください。。

ヤチャイ(Yachay)

ヤチャイは自分が経験を通して学び得た知識のことです。そして、過去の自分の経験は、悲しみ、痛み、苦しみなども含め、全て学ぶためであったということを認めることです。過去の辛い経験に、「その経験から自分は何を学ぶことができるか」「その経験を乗り越えたことで、どのように成長することができたか」というように、自分の人生における意味や役割を与えることで、不満を抱くことなく、感謝することができます。また過去の経験に感謝することで、今この時点(現在)において、暗い過去を明るい過去に変えることができ、明るい過去を持つことで、明るい未来を思い描くことが可能になります。

またヤチャイは、経験によって得た自分の知識をシンボル化することを可能にします。自分の知識をシンボル化することによって、プロセスを通さずに適用することができるようになります。つまり、プロセスを再度繰り返す必要が無くなり、自動化することが可能になるということです。例えば、ある病気を癒すために必要だったプロセスは要らなくなり、シンボルとしてのある言葉を唱えるだけで、またはある儀式を行うだけで、自動的に癒すことができるようになるということです。

ただ、自動化することで、無意識に行うようになり、学んだプロセスを忘れてしまうということがないように気を付ける必要もあります。プロセスを知っているからといって、常にシンボルを使って自動的に行うということは避けなければなりません。うまく使い分ける必要があります。

アイニ(Ayni)

アイニは互恵関係のことです。人間の間だけではなく、存在する全てとの間の分かち合いの関係、与え受け取り合う関係のことです。アイニは、全ての関係の調和を保っているものです。与えたら、同じ形ではなくても、何らかの形で必ず受け取らなければなりません。受け取ることを拒否することは、調和を崩すことになります。例えば、友人の仕事を手伝ってあげたとします。それに対する友人からのお礼を、もし受け取ることを拒否した場合、その友人は自分に対して借りのある状態になります。一方が借りのある状態というのは、調和の取れた関係ではありません。

また、アイニは自分で価値を決めるということを教えてくれます。全てのものに対して、自分で価値を与えることができます。自分で値段を選ぶことができます。つまり、ものの価値は、個人によって異なるということを理解することです。例えば、自分はお客さんに対して非常に丁寧に、満足のいくサービスを提供しているという自信があれば、他の同じサービスを提供している人よりも高い価格を付けることができます。購入する側は、少し高くてもその人に頼む価値があると認めれば、その値段を支払います。また、価値はお金では測れないこともあります。例えば、大好きな人に抱きしめてもらうことはお金に変えられない価値のあることです。アイニは、それらに価値を与えることを教えてくれます。

アンデスの人々は常に母なる大地との間でアイニを行っています。捧げものをする儀式はパチャママ(母なる大地)との間で行われるアイニです。母なる大地の恩恵を受ける代わりに、人々は捧げものをします。つまり、貰うだけの物乞いではなく、常に母なる大地と互恵関係にあるということです。また、重たいエネルギーのフチャを母なる大地に受け渡し、代わりに洗練されたエネルギーであるサミを受け取るのもアイニの一つです(フチャとサミ参照)。

また、私たち人間の食物となる動植物との間のアイニの関係も非常に重要です。私たちが植物や動物を殺して食べることで、それらは私たちの体の一部となります。人間の体の一部となったそれらは、私たちと共に経験し、学び、進化することができます。人間には周りにある全てのものを進化させる使命があります。動植物だけではなく、存在するもの全てを進化させる役目があります。進化されるためには、それぞれの存在に対して役割を与えてあげる必要があります。役割を与えてあげることで、私たちの役に立ってくれます。このように互恵関係の中で、共に進化していくことができます。

アイニについてはまだ上記では説明が足りませんが、ここでは深く触れず、以上までとします。

カウサイ・パチャ(Kawsay Pacha)

カウサイは「存在」、パチャは「時間と空間」を表します。私たちは時間と空間の中に存在しています。カウサイ・パチャは、時間の間を自由に移動することを可能にします。そして、自分の望む過去、望む現在、望む未来を持つことで、自由になることができます。また、時間がどういうもので、どのように機能しているかを理解することができます。

自分の望む過去を持つこと、つまり過去を変えるということについては、別の部分でも述べてきましたが、病気の生じる原因などを含めて、少し詳しく説明します。

自分がこの先やろうとしていることを言葉で表すことで、自分の意識下に、可能性としての現実が生まれます。また言葉として発することで、今自分が居る位置から、目的地へ向かう線形の時間が作られます。そして、その実現に向けて、エネルギーの構造が作られていきます。しかし、実際に実現させるためには、行動を伴う必要があります。何らかの理由で実行することができず、中断することになると、実現のために作られたエネルギーが使われず残ってしまいます。そして、残ったエネルギーがブロックとなり、後に病気の要因となります。または、他にやりたいことがあっても、そのブロックのせいで実現できなくなってしまいます。線形の時間というのは、自分のオーラに穴を作って目的に向かって作られます。目的地に辿り着かなければ、その穴からエネルギーが漏れていきます。

このように、口ばかりで自分の言っていることを実行しない人は、自分が作って使われなかったエネルギーにより、後になってから多くの問題を抱えることになります。従って、先ずは自分が発する言葉に気を付け、自分の発言を守ることが非常に大切です。

どうしても実行できない場合は、あたかも実行したかのような芝居を行うことで、使われなかったエネルギーを処理し、線形の時間を閉じる必要があります。尚、芝居ではなく、想像の中で過去に戻って、やり残したことを実現させる方法や、別のストーリーに書き直すという方法もあります。しかし、芝居をする方がリアルに実感でき、無意識の部分に働きかけるのでより効果的です。

このように、実現できなかった目標や夢を抱えている過去を癒すことにより、不満に満ちた過去を、自分の望む過去に変えることができます。

カウサイ・パチャについてもまだ上記では説明が足りないと思いますが、ここでは更に深く触れず、以上までとします。